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2004年 7/30〜8/11 スリランカーエリトリアーエジプト


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みなさん、エリトリアという国をご存知でしたか?恥ずかしながら僕はまったく知りませんでした。そこで知らなかった人のために簡単に学習?してみましょう。


1890年 イタリアの植民地支配下におかれる
1942年 英の保護領となる
1952年 国連の決定により、エチオピアと連邦を形成
1962年 エチオピア議会がエリトリアのエチオピアへの併合を決議
1972年 エリトリア人民解放戦線(EPLF)を結成
1991年5月 EPLFがエリトリア臨時政府樹立を宣言
1993年4月 国連の監視の下、エリトリア地域の分離・独立を問う住民投票実施
1993年5月24日 エチオピアより独立
1998年5月 エチオピア・エリトリア国境紛争勃発
2000年12月 エチオピアとの包括的和平合意成立
2002年4月 国境委員会によりエチオピアとの(地図上の)国境線確定



30年にも及ぶ独立戦争を戦って来た国なのだ。ピスボートはこの国に立ち寄って以来、様々な関わりを持つようになった。
サッカー・ボールを届け、現地のチームと交流試合を行う「ピースボール・プロジェクト」もその一つ。




早朝マッサワ(エリトリア)着。元ちゃん、水パの連中と自由行動に出る。暑いっっっ!!!!
戦争の傷跡が生々しいマッサワ旧市街まで歩いてタクシーの交渉。まずはどの国に行ってもここから始まる。12人で10$で成立。
最初にリゾート地のような海岸に連れて行かれる。途中のバラックを見てると、ここに来てる連中は富裕層なのだろう。


「おい、暴れるなよ」鳥取砂丘じゃないよ。


ラクダ発見!今回のラクダツアーには漏れたので、元ちゃんと乗ってみる。オノボリさんである。
その後再び旧市街に戻り、元ちゃん隊と別れ探索へ。

子供達や戦争で破壊された廃墟のような街並を撮影し、とある家族を撮らせてもらっていると「中に入ってお茶でも」との嬉しいお誘い。




お母さんが豆を挽いてコーヒーを入れてくれた。ついでにポップコーンも炒ってくれた!

美人&ハンサム兄弟。





通りすがりの人もみなニコニコと挨拶してくれる。笑顔がとても美しい。




14:30マッサワ出港。一路ポートサイド(エジプト)へ。夜、デッキでミニLIVE.みんな楽しそうでよかった。